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福岡高等裁判所 昭和43年(ラ)25号 決定 1968年6月14日

抗告人 島崎喜芳(仮名)

主文

本件抗告を棄却する。

抗告費用は抗告人の負担とする。

理由

本件抗告の趣旨及び理由は別紙のとおりである。

抗告代理人荒木鼎の抗告理由について。

所論は、抗告人の妻島崎好子がその生活態度や性格等において抗告人の妻にふさわしくない事実をいろいろと主張するけれども、記録上好子にそのような点があつたとは必ずしも認めがたいばかりでなく、好子は、現在抗告人との間に離婚訴訟が係属中であるとはいえ、原審認定の如き事情で抗告人と別居中の妻であり、夫婦間の長男一郎(昭和四二年四月一〇日生)を養育している者であることは記録によつて認めるに十分であるから、抗告人は夫として好子(及びその子一郎)を扶助する義務があり、記録によつて認められる両者の収入、生活状態に鑑みると、抗告人が婚姻費用の分担者として好子にその生活保持に必要な費用を与えなければならないことは明らかである。論旨は理由がない。

同荒木鼎、田中実の抗告理由第一点について。

民法七五二条所定の夫婦間の扶助義務は、未成熟の子を含む夫婦一体としての共同生活に必要な資料を供与し合ういわゆる夫婦間の生活保持の義務を定めたものであり、同法七六〇条はかかる夫婦共同生活に必要な費用の負担者について定めたものであつて、扶助義務にもとづく金銭的給付というも、婚姻費用の分担義務にもとづく費用の分担というも、それが一方の配偶者に生活資料が不足するとき余裕ある他方の配偶者がこれを補足するという関係において現われてくるときには、両者はほぼ同一の機能を果しているものというべく、必ずしも所論の如く本質を異にするものであるとは解されない。

本件において当初島崎好子によつて熊本家庭裁判所に調停の申立が提起された際、その申立書の末尾に家事審判規則九五条、四六条を引用し、臨時の処分命令を求めていることからすれば、該申立は民法七五二条所定の夫婦間の扶助義務の履行を求めているかの如くに解されるのに、原審判が本件を婚姻費用分担事件として処理し抗告人に金銭給付を命じていることは所論のとおりである。ところで、本件は前記の如き申立書が同裁判所に提出されたにも拘らず、同裁判所はこれを「婚姻より生ずる費用分担請求」事件として立件し、かかる事件として調停及び審判に付したのであるが、当事者間にかような措置をとつたことにとくに異議があつたとの点は記録上窺うことはできないのであるから、かような事情からすれば、好子の前示申立は、単に臨時の処分命令を求める点で扶助請求事件としたまでで、これが得られない場合には併せて婚姻費用の分担を求めているものと解されないわけではない。蓋し、前示のとおり右両手続は必ずしもその本質を異にせず、実際の審理においても両者はほぼ共通した事項をその対象とするものであり、本件についてみても、要するに好子とその長男一郎との別居中の生活費の支給請求という点では両者は全く同一であつて、抗告人が右支給をなすべきであるかどうか、なすべきであるとすれば何程の額が相当であるかということが別居に至つた事由、両者の資産状態等との関連において決定さるべきことは何れの手続によつたところで格別差異はないからである。現に、原審判も、本件両当事者の婚姻するに至つた事情その融和を欠くに至つた原因、抗告人の扶養義務の有無、両者の資産状態等の各項目について順次判断をすすめたうえ抗告人の金銭支給を命じた結論を導いているのであるが、かかる判断過程は前示両手続の何れによつたところで差異が生じる筈はなく、このためにとくに抗告人に不利益を与えたと思われる点は発見できない。

以上の諸点と家事審判はその性質上非訟事件であつて、家庭裁判所が衡平ないし合目的性の理念にもとづき、当事者間の法律関係を法の許容なく範囲内において広汎かつ自由な裁量によつて具体的に妥当な結果を確保することを目的としつつ行う処分であることに鑑みると、原審判を以つて申立なきになされたものということはできない。論旨は結局その理由がない。

同第二、三点について。

夫婦間の協力扶助義務は夫婦が別居している場合にもなくなるものではなく、この場合に婚姻費用の分担者は他方に対して生活保持に必要な費用を給付すべきことは明らかであり、若し別居が正当な事由にもとづくときは、このことは当然のこととして是認される。

ところで、原審認定の好子が別居するに至つた事情は、記録上当裁判所も相当として肯認しうるところであり、右認定事実によれば、好子は事実上抗告人方に同居できない事情にあるものというべく、抗告人に自己及びその子一郎の生活費の請求ができることは明らかである。そして、かかる夫婦間の扶助義務にもとづく姻婚費用の分担を定めるにあたつて、原審である家庭裁判所が当事者間に離婚原因があるかどうか、あるとすればその有責配偶者は何れであるか等というようなことは必ずしも確定する必要はない。

抗告人主張の所論事由は記録上認定しがたいばかりでなく、たとえこれらの事実があつたとしても未だ好子の抗告人に対する本件金銭的給付請求が権利濫用になるものとは到底解しがたい。論旨は採用できない。

同第四、五点について。

所論の各点は何れも記録上確定しがたいばかりでなく、仮に抗告人主張のとおりであるとしても、本件の判断に直接の関係をもつものではないと解される。若し抗告人に所論の如き被害事実があつたとすれば、各事実ごとによろしく然るべき法的手段に訴えてその救済をはかるべきである。論旨は採用に値しない。

よつて、本件抗告は棄却することとし、主文のとおり決定する。

(裁判長裁判官 丹生義孝 裁判官 入江啓七郎 裁判官 安部剛)

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